「ICTを導入して水産業をスマート化しよう」
そんな言葉が聞かれるようになって、もう10年近くが経ちます。水産業の担い手不足や高齢化、漁獲量の減少など、多くの課題を抱える中で、デジタル化による効率化や持続可能性への期待は高まるばかりです。
それでも現実は、思ったほど進んでいません。
近年では、農業や畜産業において「スマート化」が進みつつありますが、水産業ではまだ実装例が限られています。
一体なぜなのでしょうか?
この記事では、現場から見えてきた、水産業がスマート化しづらい根本的な理由から、未来へのヒントを探ります。
漁業者の高齢化とICTスキルの壁
水産庁の情報によると、2018年時点で水産業に従事する人の平均年齢は56.9歳。
65歳以上の人の割合が最も多くなっています。
スマホ操作に不慣れな人も多く、「そもそも使い方がわからない」「教えても覚えられない」という声は少なくありません。
ですが、これは単なる年齢の問題ではありません。
ある現場では、LINEを通じて若いスタッフとのやりとりをすることで、少しずつスマホに慣れてもらう工夫がされていました。
最初は雑談や写真のやりとりから入り、慣れてきた頃に業務連絡へと移行する。
こうした人に寄り添った導入こそが、技術を現場に根づかせる鍵なのです。
水中では電波が通らない
スマート農業やスマート物流の事例と異なり、水産業には海という大きな壁があります。
当たり前ですが、水産業の現場は海の上や水中が中心です。
しかし水中では電波が減衰し、一般的な通信はほとんど届きません。
そのため、陸上と同じようにスマートフォンやセンサーを設置しても、期待通りには動かないのです。
魚群探知機などは音波を使っていますが、これも一部の用途に限定されます。
水中でのデータ収集・通信には、専用の有線接続や音波通信の整備が必要です。
漁場が圏外である

さらに、漁業の現場は陸地から遠く離れた基地局の圏外も多くあります。
フェリーや漁船に乗ったことのある方なら、沖に出ると携帯の電波が届かなくなることをご存知でしょう。
高速通信を前提としたシステム導入を考えた場合、そもそもハード的に実装が厳しいという点があります。
近年話題の衛星通信(例:Starlink)もありますが、通信速度は限定的で、リアルタイム映像の送信やAIとの連携にはまだ難があります。
スマート化に不可欠な高速通信環境が、そもそも整っていないのです。
「定まらない現場」がシステム導入を阻む
漁業にはもう一つ、大きな特徴があります。それは「業務の定常化が難しい」という点です。
たとえば、ある年はサンマが大量に獲れたため、その処理や流通のためにシステムを導入したとしても、翌年には漁獲量が激減してその仕組みが不要になる……ということが起こり得ます。
つまり、他業種のように「安定した業務フロー」を前提としたシステム投資がしづらいのです。
データがない。だから、AIも使えない。
「じゃあAIでなんとか予測できないの?」と思われるかもしれません。
確かにAIは強力なツールですが、それを機能させるには、大量のデータが必要です。
しかし水産業では、長期的かつ継続的なデータ収集の体制が整っておらず、分析の土台が存在していないのが実情です。
しかも、自然環境の変化は激しく、前年のデータが今年には通用しないことも珍しくありません。
可能性は「やられていないこと」にある
ここまで読むと、少し気が重くなるかもしれません。
けれど、裏を返せば「まだ何もやられていない=可能性しかない」ということでもあります。
世界では魚の消費量が年々伸び、日本の水産業が変わることで国際的な役割も果たせるでしょう。
今後、テクノロジーの力と現場の知恵が結びついたとき、日本の水産業はきっと、もう一段進化を遂げるでしょう。
そのためには、漁業者だけでなく、技術者、行政、研究者、そして私たち一人ひとりの理解と関わりが欠かせません。
未整備な部分が多いからこそ、そこにはまだ見ぬ可能性が広がっています。
たくさんの人の力を合わせて、日本の水産業を未来へつなげていく。
そんな共創の流れが、今、必要とされています。