水産業の未来を支える取り組みとして注目されている「スマート水産業」。
しかし、その導入が必ずしも成功しているとは限りません。
現場で本当に役立つスマート化とは何か?
現場目線から見た「うまくいくパターン」と「うまくいかないパターン」を紐解きながら、スマート水産業を進化させるための本質に迫ります。
よくある失敗パターン:トップダウンと過剰投資
スマート水産業がうまくいかない典型例が「トップダウン型の導入」です。
水産業の現場は一様ではありません。漁法は地域によって大きく異なり、商慣習や取引単位、さらには魚の呼び名や出荷時のサイズ基準まで、細かな違いが積み重なっています。
そのような現場の実情を無視したシステムを一方的に導入してしまうケースでは、「現場に合わない」「使いこなせない」といった問題が頻発します。
もうひとつの問題は、システムベンダー主導よるオーバースペックです。
セキュリティ基準や機能要件が高すぎて、実際のニーズ以上に高度な仕様が組まれてしまうことが多々あります。
その結果、導入コストは数千万円規模に膨れ上がり、運用にも年間数百万円単位の費用が発生。規模の小さな漁港や中小の漁協にとっては、大きな経済的負担です。
たとえば、水揚げ年商10億円に満たない漁港で、数千万円の導入コストと数百万円の維持費が必要になると、費用対効果が見合わず、導入が見送られてしまうのも無理はありません。
現場で見えた成功のパターン:ボトムアップ型の導入
一方で、うまくいっている事例の多くは「ボトムアップ型」。
これは、現場の具体的な課題からスタートし、その解決に必要な技術だけを最小限導入していくスタイルです。
たとえば、ある漁協では、これまで電話や無線で受け取った水揚げ情報を黒板に手書きして周知していました。
この方法では、現場に足を運ばなければ情報が得られず、関係者間の共有にも時間がかかっていたのです。そこで、現場の声をもとに、情報をデジタル化してスマートフォンやパソコンから確認できる簡易なシステムを構築。
わずかな仕組みの変化で、情報の伝達速度と正確性が格段に向上しました。
こうした改善には、大規模な投資や複雑なシステムは必要ありません。
Googleドライブで画像を共有したり、LINEのグループチャットを活用したりするだけでも、十分に「スマート化」の第一歩となるのです。
導入の成否を分ける「視点」と「目的」

重要なのは、導入の出発点が「システムありき」ではなく、「業務改善のために何が必要か」という視点です。
「なんとなくDXを進めなければいけない」「周囲もやっているから」という理由でシステム導入を検討してしまうと、形だけのスマート化にとどまり、運用されなくなるリスクが高いのです。
重要なのは、「どの業務の、どの課題を、どう改善したいのか?」を現場レベルで明確にすること。
たとえば、「水揚げ情報の伝達に時間がかかって取引がスムーズにいかない」「品質のばらつきが出荷単価を下げてしまっている」といった具体的な課題を起点に考える必要があります。
仮に品質管理の精度を高めることができれば、魚の選別精度が上がり、鮮度の評価も数値で担保できるようになる。
その結果、「信頼できる漁港」としてバイヤーからの評価が上がり、1尾あたりの販売単価が2~3割上昇する。
こうした「改善によって得られる成果」まで設計することで、システム導入の意義が経営層にも現場にも伝わりやすくなります。
スマート水産業に求められる「共創」の姿勢
スマート水産業を本当の意味で成功に導くには、「現場の声に耳を傾けること」、そして「現場とともにつくる姿勢」が不可欠です。
導入する側と使う側が分断されたままでは、いかに優れた技術であっても現場には根付きません。
特に、行政やシステムベンダーの立場にある人たちは、机上の理論だけで導入を進めるのではなく、漁港や加工場など実際の現場に足を運び、働く人々と課題や目的を共有する「共創」のスタンスが求められます。
現場での「当たり前」や「暗黙知」に触れないままでは、本当に意味のある支援はできません。
スマート水産業とは、単なる技術導入の話ではありません。業務の流れを見直し、現場の生産性や働きやすさを高め、最終的には水産業全体の価値を底上げするための「道具」です。
「誰のためのスマート化か?」を問い続けながら、足元を見つめた改善を積み重ねていくこと。
それこそが、持続可能な水産業の未来をつくる一歩になるのでしょう。