「魚が取れない」の本当の理由とは。資源管理と貧栄養という視点から考える

近年、「魚が前ほど獲れなくなっている」という声が、各地の漁業現場から上がっています。

水温上昇や海の環境変化といった要因が語られることが多いですが、それだけでは実態を正確に捉えきれません。

この記事では、「資源管理の制度」と「海の貧栄養化」という2つの視点から、現場で起きている変化と課題を整理し、これからの海とどう向き合うべきかを考えていきます。

目次

一括りにできない「魚が減った」という言説

近年、「魚が減った」という表現が頻繁に使われています。

その背景には、漁獲量の減少や特定魚種の不漁など、現場での具体的な変化があるのは確かです。

しかし、その原因として「海水温の上昇」や「乱獲」が機械的に挙げられることが多く、実態を過度に単純化して捉えているケースも見受けられます。

そもそも、「魚」とひと括りにして語ること自体に無理があります

イワシやサンマのように広範囲を回遊する魚と、沿岸に定着するタイやカサゴのような魚では、生態も資源動向の影響も大きく異なります。

また、漁業の形態も多様です。小型船による沿岸漁業と、大型漁船で広域を操業する沖合漁業とでは、使用する漁具、操業方法、漁獲対象、地域社会との関係性まで全く異なります。

にもかかわらず、「魚が減っている=取りすぎ」という一面的な見方が浸透すると、必要な対策や議論が適切に行われにくくなります

「魚が減っている」という現象を正しく理解するには、魚種別・地域別・漁業別の資源動向を丁寧に分析し、それぞれに適した対応を検討する視点が求められます。

資源管理の議論には、科学的なモニタリングに基づく冷静な判断と、現場の多様性に対する理解が不可欠です。

その前提に立たないままの一般論では、現場の信頼を得ることも、持続可能な水産業の構築も困難と言えるでしょう。

漁業法改正がもたらすもの

2020年、日本の漁業法が70年ぶりに大きく改正されました。

この改正の柱のひとつが、従来の「漁業権制度」から、資源量に応じて漁獲枠を科学的に割り当てる「漁獲割当制度(TAC制度)」への転換です。

新制度は漁業を「資源管理型経営」へとシフトさせる狙いがあります。漁獲量に上限を設け、それを個別に割り当てることで、漁獲圧の適正化や経営の予見性向上、違法操業の抑止などを図る仕組みです。実際に、ノルウェーやニュージーランドなどでは漁獲割当制度によって資源回復と産業の安定が実現した事例もあります。

しかし、導入にあたっては慎重な議論が必要です。

漁獲枠は「資源を利用する権利」であり、割当が売買・譲渡される仕組みになれば、外部資本や企業の参入が進む可能性があります

北海道・ニセコのように海外資本による土地買収が進む現実を思えば、「海の権利」の扱いにも慎重な目を向ける必要があります。

海が綺麗すぎる?海の貧栄養とは

もうひとつ注目すべき課題が、海の「貧栄養化」です。

瀬戸内海や大阪湾では近年、イカナゴやタコの水揚げが激減しており、その一因として栄養塩(窒素・リン)の不足が指摘されています。

山や森林から流れ出る有機物、川を伝って運ばれる窒素やリンといった栄養塩は、海中の植物プランクトンの成長を促し、それを餌とする動物プランクトンや魚類へとつながる「生産の連鎖」を構築します。

しかし、近年は高度な下水処理の普及や都市インフラの整備が進んだことで、こうした栄養塩が海に届きにくくなっているとされます。

このように、「海をきれいにする」という環境政策が進んだ結果、魚や海藻の生育に必要な最低限の栄養すら不足するという、逆説的な状況が生まれています。

海を守るうえで、従来の「汚さない」「きれいにする」だけでは不十分な時代に入っています。

今後は、海に必要な「適切な量と質の栄養」をどう届けるかという、より繊細で地域特性に応じた管理が求められます。

沿岸の魚が育たない要因は、海の中だけで完結しません。

山、川、海が一体となった「流域生態系」としての視点を持つことが、これからの資源管理において不可欠です。

豊かな海へ、山と海をつなぐ視点

魚の資源を守るには、海の中だけを見ていても十分ではありません。

重要なのは、「陸と海はひとつながりの生態系である」という視点です。

山の手入れ、川の流れ、海への栄養の供給。それらすべてが、魚の命を支えています。

こうした中で今後の水産業に求められるのは、単に漁獲量を抑制する「守る漁業」から、環境を整えて資源を再生させる「育てる漁業」への発想の転換です。

そのためには、山林の保全や植林、水源地の管理、河川改修のあり方、都市インフラの見直しといった、流域全体を対象とした総合的な取り組みが必要です。

各地では、森林整備や間伐材活用によって土壌流出を防ぎつつ、海への栄養供給を促すようなプロジェクトも始まっています。

「きれいな海」から「豊かな海」へ——。

山・川・海をつなぐ視点で、持続可能な海づくりに取り組むことが、次の世代への責任と言えるでしょう。

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この記事を書いた人

さかなのNEWS編集部。魚、漁業、水産業のことを「広く」「深く」「ゆるく」伝えています。

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