想像してみてください。
六本木ヒルズの一角に水槽が並び、その中をサーモンが泳いでいる。
そこで育った魚が、近隣の飲食店で「六本木サーモン」として寿司などで提供されている……。
現在の技術なら、そんな光景も夢物語ではありません。
海ではなく、陸上につくった水槽で魚を育てる「陸上養殖」。
海水温の上昇をはじめとした環境変化の影響を受けにくく、都市部でも魚を育てられることから、未来の水産業を支える技術として注目されています。
しかし、陸上養殖を始めれば、すぐにおいしい魚が育ち、利益を上げられるわけではありません。むしろ、実際の事業には高いコストや水質管理など、いくつもの課題があります。
陸上養殖は、天然漁業や海面養殖に代わる新しい生産方法になるのでしょうか。
その仕組みと可能性を考えます。
海のない場所でも魚を育てられる「陸上養殖」とは
陸上養殖とは、陸上に設置した水槽などの人工的な環境で魚介類を育てる方法です。
水をろ過しながら循環させたり、水温や水質を管理したりすることで、海のない内陸部や都市部でも魚を育てられます。
設備と環境が整えば、淡水魚だけでなく、サーモンをはじめとする海水魚の養殖も可能です。
少し前には、国内のスタートアップがアラブ首長国連邦での陸上養殖システムを受注したとのニュースもありました。

自然の海で魚を育てる海面養殖は、海水温や赤潮、台風などの影響を受けることがあります。一方、陸上養殖は閉鎖された環境を人の手で管理するため、海の環境変化に左右されにくいのが特徴です。
また、消費地に近い場所で生産できれば、輸送にかかる時間や距離を短くできる可能性もあります。
東京都とNTT東日本が連携した取り組みをはじめ、水産業とは直接関係のなかった企業や自治体も、陸上養殖に関心を寄せています。
技術的には、オフィスビルや商業施設の中で魚を育てることもできます。極端にいえば、六本木でサーモンを養殖することも不可能ではないのです。
陸上養殖なら儲かる?期待の裏側にある厳しい現実
海の環境変化に対応でき、場所を選ばず魚を育てられる。そう聞くと、陸上養殖は良いことばかりのように思えます。
しかし、実際に事業として利益を出すのは簡単ではありません。
まず、大きな壁になるのが設備費です。
陸上養殖を始めるには、魚を育てる水槽だけでなく、水を循環させる装置や水質を維持するろ過設備、水温を調整する設備などを用意しなければなりません。海面養殖と比べて、事業を始める段階から大きな投資が必要になります。
設備をつくった後も、水の循環や浄化、水温管理を続けるための電気代がかかります。海では自然が担っている水の循環や環境維持を、陸上では設備によって再現しなければならないからです。
さらに、育てた魚の味への懸念もあります。
水質管理の状態によっては、魚に泥臭さやカビ臭さといった独特のにおいがつくことがあります。
出荷前にきれいな水へ移し、においを抜く「味上げ」と呼ばれる工程を設けることもできますが、そのためには新たな水槽や時間、管理の手間が必要です。
生産コストが高い一方で、一般的な養殖魚よりおいしいとは限らない。そうなれば、消費者にとっては「値段が高い陸上養殖の魚を、なぜ選ぶのか」という疑問が残ります。
陸上養殖への期待や投資が高まっているからといって、始めれば簡単に利益が出るわけではないのです。
「六本木サーモン」に価値はあるか
では、陸上養殖を事業として成立させるには、何が必要なのでしょうか。
鍵になるのは、海面養殖と同じ魚を陸上で育てるだけではなく、陸上養殖だからこそ生み出せる価値を考えることです。
例えば、育てる環境を細かく管理し、通常は食用にしにくい内臓や肝までおいしく食べられる魚をつくることです。
消費地の近くで育てられることも、陸上養殖ならではの特徴です。都市部で養殖した魚を近隣の飲食店へ届ければ、「都市で育てた新鮮な魚」という新しい価値を提示できます。
先ほど挙げた「六本木サーモン」についてもそうです。
六本木サーモンというのは、あくまで架空の話ですが、たとえば「六本木で育てたサーモン」を、地域の飲食店と連携することで、その場所でしか食べられない名物にできれば、養殖した場所そのものがブランドになります。
また、陸上養殖単体で採算を考えるのではなく、企業の本業と組み合わせる方法もあります。
鉄道会社なら、沿線の施設で魚を育て、鉄道で運び、駅や周辺の飲食店で提供する。養殖をきっかけに人の移動を生み、沿線地域の魅力づくりや観光、食育につなげることも考えられます。
実際に、京王電鉄では「奥多摩やまめ」の陸上養殖に関する実証実験に取り組んでいます。

魚の販売だけで利益を出そうとするのではなく、本業への効果まで含めて事業を設計する。そうした工夫が、陸上養殖を成立させる重要なポイントになりそうです。
陸上養殖は、海の漁業に取って代わるものではない
陸上養殖は魅力的な技術ですが、すべての魚に向いているわけではありません。
例えば、大型のマグロを陸上で育てようとすれば、広大な水槽や大量の水が必要になります。設備費や維持費も膨らむため、事業として採算を取るのは難しくなるでしょう。
魚種や地域、事業の目的によって、適した生産方法は異なります。
天然資源を適切に管理しながら漁獲した方がよい魚もあれば、海面養殖に向いている魚もいます。そして、環境を細かく管理することで価値を生み出せる魚には、陸上養殖が向いているかもしれません。
つまり、陸上養殖は天然漁業や海面養殖をすべて置き換えるものではなく、数ある生産方法の一つです。
すでに、技術的には多くの場所で養殖が可能になっています。
大切なのは、なぜその魚を、あえて陸上で育てるのか。その理由をつくることです。
海の漁業に代わる技術としてではなく、魚の育て方と届け方を増やす新しい選択肢として捉える。
その視点が、陸上養殖を一時的なブームで終わらせないために必要なのかもしれません。


