5月5日は、「こどもの日」です。「こどもの日」といえば一見欠かせないのが「鯉のぼり」。そして、鯉はもちろん魚。ということで、さかなのニュース編集部は、今回「鯉のぼり」に関して調べてみました。

 参考にしたのは、次の団体のホームページです。
●日本鯉のぼり協会|http://www.koinobori-nippon.jp/
●日本人形協会|https://www.ningyo-kyokai.or.jp
●全日本人形専門店チェーン|www.ningyou-chain.or.jp/

「鯉のぼり」の起源は江戸時代 

 早速ですが、「鯉のぼり」を飾るの風習はいつから始まったのか。これは、江戸時代にさかのぼります。武士が生まれた男の子の出世を願って馬印や幟を揚げていたのを、庶民が真似をして縁起物の鯉を幟に描いて揚げるようになったのが由来と言われています。そのため、「鯉のぼり」は日本独自の風習です。

では、なぜ鯉だったのか。これは、中国の伝説に「鯉が急流をさかのぼって竜門という滝を登ると竜になって天に登る(いわゆる登竜門の由来となった話)」というものがあり、立身出世の象徴とされていたからです。

「端午の節句」の由来

ところで、このような風習は、5月5日の「端午の節句」が由来となっている風習です。「端午(たんご)」は5月最初の午(うま)の日のことでした。それが、午(ご)という文字の音が五に通じることなどから、奈良時代以降、5月5日が「端午の節句」として定着していきました。

 端午の節句といえば、「菖蒲湯」の風習もありますが、その起源は「鯉のぼり」よりも遥かに古く、古代中国の邪気を払う風習にまでさかのぼるとされ、日本では平安時代に取り入れられたようです。鎌倉時代以降、武士の文化となると「菖蒲」に、武を重んじる意味の「尚武(しょうぶ)」を掛け、次第に「端午の節句」は男の子の成長を願う風習となりました。兜を飾る風習もこの頃の武士の文化が由来とされています。

「鯉のぼり」と「こどもの日」は無関係?

 このようにして、「端午の節句」の風習が様々に形を変え、行き着いた「鯉のぼり」を揚げるという風習ですが、「こどもの日」はこの流れとは別とされています。

 そもそも、「こどもの日」とは何なのか。これは、国民の祝日に関する法律(通称、祝日法)の第2条に由来し、そこには5月5日を「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」日として祝日に定めています。そして、それが定められたのは昭和23年(1948年)です。

つまりは、「こどもの日」よりも「鯉のぼり」の方が先に習慣化されていたと考えられ、「鯉のぼり」の風習は「こどもの日」とは無関係に形成されていた歴史があるのです。

5月5日が特別な日であることは変わらない

 このように「端午の節句」の様々な風習に「こどもの日」も重なり、5月5日は特別な日といえます。そしてそれは、男の子だけでも、子供だけでもなく、「母に感謝する日」と祝日法が定めているように、家族や多くの人の幸せを願う日といえると思います。

 5月5日が皆様にとって良い日となりますように。全国の「鯉のぼり」たちは、それを見守ってくれていることでしょう。

空を舞う「鯉のぼり」たち

追伸:ちなみに、雨の日に「鯉のぼり」を飾るとシシャモみたいになるのでご注意を(笑)

【筆者プロフィール】
さかなの会編集部
魚、漁業、水産業のことを「広く」「深く」「ゆるく」伝えています。

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